迷った時、背中を押してくれたもの

2020-05-06

TVディレクターの仕事 テレビ業界 ふるさとZIP探偵団

t f B! P L

おはようございます。早起きディレクターです。

僕はジャズギターをこれまで2年ほど習っています。
師匠はあのロン・カーター氏とも長年一緒に演奏している日本を代表するプロギタリスト山口武さんです。
レッスンではいろんなテクニックも教わりますが、それ以外にも楽しみなのが師匠がプロとして漏らす言葉。最近はブルースを演奏している時にふと呟いた言葉が心に響きました。
「自分の音に自身を持ってください」

「シンプルでもいい。自分が出している音に自信を持って」


ブルースの演奏でアドリブをする時、自分の弾くメロディーがあまりに単調だと不安になってきて、思わず余計な音をつけ足したくなるものです。
でも音数はいらない。シンプルでもいいから思い切って、しかも気持ち良く演奏すればその思いはリスナーに伝わる。

先輩たちの言葉


ディレクターを35年ほどやっていますが、これまでも進路に迷っている時、いろんな先輩方から将来の指針になるような言葉をいただきました。
大学の留年時代。当時は西梅田の桜橋にあったラジオ大阪で朝のワイド番組のアルバイトをしながらラジオディレクターを目指していた時は、プロデューサーのNさんに
これからは映像の時代です。めざすならテレビ ときっぱり忠告されました。
当時、すでにこれからのメディアの中心がラジオではなく映像になるだろうということは各所で語られてはいましたが、その言葉を現役ラジオの、しかも名プロデューサーから言われるとは思ってもみませんでしたからかなり説得力がありました。

「本当に好きな分野は趣味として大事にとっておきなさい」


こう語ってくれたのは作家の藤本義一先生です。
先生は大学時代仲良くしていた音楽仲間の父親という関係で度々自宅におじゃましては貴重なお話を伺っていました。ご本人も大好きな競馬を生涯の楽しみとしていたそうです。この言葉があったから音楽は趣味としておいておき、それまで未知の分野だった映像の世界に入る決心がつきました。



25歳で制作プロダクションに入社してからしばらくは、なれない映像業界に自信がもてず落ち込む日々が続いていましたが、音楽が好きな自分に「音が理解できる人間は映像も理解できるようになる」と声をかけてくれたのは、ドライバーから苦労してカメラマンになったベテランのHさんです。
その頃、アシスタントとしてついていた先輩のFディレクターからはいつも台本をチェックされる際に「板付き以外の自分なりの発想を持てと指導されていました。
テレビでいうなら番組がはじまった時に出演者が画面上にすでに映った状態にあるのが「板付き」です。
でも「板付き」以外にもいろんなはじまり方があるはずだから、その方法を考えてみろ、ということですが、この忠告も後々かなり役に立ちました。
そして半年ほど後自分なりの演出がうまくはまった時、F先輩が自分のことのように喜んでくれたことは今でも忘れられません。ご本人はとっくに忘れているでしょうが。




30代の半ばになると「ふるさとZIP探偵団」という番組を任され、ようやく一人前の旅もんディレクターになりました。
その頃いつも一緒にロケハンで知らない町を歩き、一緒に酒を飲んだベテランの構成作家
Hさんから言われていまも大事にしている言葉

「吉岡くんは自分の唄をうたいなさい」


テレビに限らずものをつくる時には「常に自分のスタイルを持って、常に思いをこめて
のぞみなさい」ということですが当時は「自分の唄をうたう」という言い回しが妙にかっこよく感じられ、おっちょこちょいで素直(単純)だったぼくは一発でこの言葉が気に入ってしまいました。
でも歌を聴いていてもすぐに誰が作って歌っているのかがわかるよう、オリジナリティーあふれる音楽って大好きです。
そんな歌や言葉を聞くといつも勇気が出てきます
あ、ちなみに最近はよく「勇気をもらった」「元気をもらった」という言い方をしますが、
勇気や元気は人からもらうものではなく、自分の内側から滲み出てくるもの
というのが僕の普遍の考え方です。
細かいようですが、ここは大切なとこなんで念の為。

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