おはようございます。 早起きディレクターです。
ようやく、本当にようやく、一本の動画を世に出すことができました。
いま急ピッチで作業している新作動画「石切編」の前に、どうしても作らなければならなかった動画です。
【追憶】佐川満男レクイエム〜歌、芝居、そして旅と絵画を愛したひと〜
実は、この動画の素材は、一年前に一度、編集しかけていたものです。 それをなぜ、今の今まで形にできなかったのか。
今日は、その奥にある私の個人的な「澱(おり)」と、佐川さんへの抑えがたい思いについて、少しだけ書かせてください。
「まだお別れができていない」という心の澱
2024年の4月。
佐川満男さんの訃報に接した時、私たち、テレビの世界で一緒に仕事をさせていただいた人間は、誰もその最後のお別れの場に立ち会うことができませんでした。
ご家族だけで、ひっそりと執り行われたお葬式。
その理由は、今も分かりませんし、 遺族の方々の意向を恨むつもりは毛頭ありませんが、お線香さえあげることができない現実は、佐川さんの多くの知人やファン、そして若輩の友人としての私にとっても、心に小さなトゲとして刺さったままでした。
「追悼動画を作ろう」 そう思っても、どこか後ろ向きな気持ちが心の片隅にあり、編集ソフトを立ち上げることができなかった。
それが、この2年でした。
大スターなのに、まったく芸能人らしくない人
でも、やっぱり佐川さんに対する思いは、抑えがたかった。
私が佐川さんに対していつも思っているのは、その「圧倒的な人間味」です。
『紅白歌合戦』にも何度も出場した大スター歌手なのに、全然「芸能人らしく」ない。
1年間、北新地でクラブのオーナーをされていたこともあるのに、まったく水商売の「匂い」がしない。
そんな性質を育んだ理由はたぶん、ご本人の育ちや環境もあるのでしょう。
神戸の裕福な家に生まれた方ですから。
*本人は不良少年だったと卑下していますが
でも、そんなおっとりとした(少しおっとりしすぎているところもある)佐川さんは、本当に誰からも愛されました。
この動画が、少しでも「ハナムケ」になったなら
2024年の訃報以来、メディアや世間では佐川さんのことが驚くほど触れられていない。 それが私には残念であり、不思議でなりませんでした。
お線香もあげられず、心の整理がつかないままの人は、私以外にもたくさんいるはずです。
今回の動画は、佐川さんが晩年もっとも愛した旅コーナーのディレクターとして、そして一人の若輩者の友人として、佐川さんと一緒に吸い込んだ「空気」の記録です。
冒頭、北海道の湖畔で佐川さんがふっと呟いた言葉。
「空気のきめが、細かいね。」
この言葉こそが、佐川満男という人間の美学を象徴しており、私たちに遺してくれた宝石の象徴だと私は思っています。
この動画が、氏への少しでもの”はなむけ”になり、そして佐川さんを愛したすべての人の心に、あの「きめの細かい空気」が届くことを願っています。
佐川さん、本当にありがとうございました。
またいつか、人生のどこかの街で会えますように。
早起きディレクター




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